前略
またもやパキスタンに来ております。
当地は、今一番いい気候です。
暑くなく、寒くなくいい気分なのですが、ラマザーンなのが少々問題なのかもしれません。
とはいえ、われわれ異教徒にとっては、何の関係もないのですが、みんなが空腹を我慢している前で、食べたり飲んだりするのは、やはり少々気になります。
夕方5時過ぎの断食開けの時刻が近づくにつれ、道路は家路を急ぐ車にあふれ、渋滞し、いらいらしたドライバーが怒鳴りあうという、普通のパキスタンにはないちょっと日本に似た情景が見られるようになります。
3日間のカラチ・シェラトン滞在の後、イスラマバードに飛び、マリオットホテルに入りました。
さすが、カラチの十数年来の旧友パルベイツ・フセインのアレンジは、Mr.GULZARで、難民問題に16年かかわっているという人です。
すべてを彼に聞きなさいと、パルベイツが言っていた人です。
朝10時前に起きると、午前中に来てくださいというメーセージが入っていたので、シャフィカーンの車を呼ぼうとしていたら、GULZARの秘書とドライバーが、迎えに現れました。
番兵の立つ警戒厳重な区画の中にあるビルの入り口には、
Kashmir Affairs & Northern Areas and States and Frontier Regions
Division という看板がかかっています。
グルザール氏は、白髪で口ひげを蓄えた、なかなか素敵な紳士でした。難民の歴史をゆっくりした口調で、説明してくれました。こちらのことは、パルベイツから聞いて、よく知っているというので、特に詳しく説明はしませんでした。
この部屋に、2人のオフィサーが呼ばれ、紹介されました。
名刺:
Syed Asif Shah Chief Commissioner
Gavernment of Pakistan Kashmir Affiers, Northern Areas & States &
Frontier Regions Devision Chief Commissionerate of Afghan Refgees
Dr. Imran Khan Director
GOVERNMENT OF PAKISTAN
Chief Commissionerate for Afghan Refugees.
Mr.Syed は、Chief Commissoner ですから、アフガン難民局の長官と言うことになりましょうか。もう一方のDR.Imran、ドクターなのですが、何のドクターかは聞きませんでした。彼がぼくたちに同行してくれるのだそうです。
何枚かの記念写真を撮った後、部屋を辞去し、エレベータに向かって廊下を歩いているときに、岩橋が「あんな政府高官には、ちょっとしたNGOの代表でも絶対に会えませんよ」といい、さすがパルベーツの威力は、すごいネと感心したのでした。この国では人脈がないと何も進まない。昔から聞かされているようにThere is nothing impossible in this country. なのであります。
続きはすぐに。
高田直樹