イタリア旅行記(2003年夏)

 リモネットのアパートに初めて滞在した時の記録です。
 アパート設備を整備しなければならず、工具などを取り揃えたり、木工の材料を調達するために連日クーネオの町へ往復しました。
 その合間には、冬のゲレンデや裏山を歩き回りました。
 終わりがたに、チェコのブルーノにいるパベルを訪問しました。

7月4日 「イタリア暮らし」の始まり
7月5日 リモネット暮らし(1)
7月6日 リモネット暮らし(2)
7月7日 リモネット暮らし(3)
7月10日 イタめし
7月12日 雨上がりの散歩
7月14日 ピエモンテワイン
7月20日 チェコのブルーノに到着
7月21日 パベル訪問

7月21日パベル訪問

パベル訪問の様子を知らせます。
030721-1.jpgパベルの家は、二階建てでえらく大きい。右に下りの道があって2つのガレージがあります。?
それと並びに、半地下の部屋がいくつもあります。
コテージ風の造りで、2階は小さな吹き抜けとバスルームを含む4つの部屋。

030721-2.jpg庭は3方に回っていてとても広々としています。

030721-3.jpg一階のホールで、ポーリンが赤ちゃんをあやしています。

030721-4.jpg新しい赤ちゃんNikolaは、10か月になっていました。
秀子がプレゼントした絨毯に座っています。

030721-5.jpgCharlotteもMaaike(マイカ)も大きなって、見違えました。

030721-6.jpgCharlotteは、自転車を練習中です。

030721-7.jpgパベルもポーリンも元気そうでした。
でも5年だけここにいて、アムステルダムに帰る予定なのだそうです。
アムスに比べると、友達はいないし、パーティも無いし、よいといえばよいけれど島流しという感じでもある。
稼ぎを得るためのよんどころない方策だということのようでした。でも、静かで子供の養育にもいい。
家の中で、パベルは、オランダではずっとチェコ語で喋っていたけれど、ここでは絶対使わない。
必ずオランダ語を使うのだそうです。子供をバイリンガルにしようとしているようです。
ポーリンは、週3日チェコ語のレッスンに通っています。オランダで勤めながら通っていた大学の心理学の学位を、こちらで取るには、チェコ語で論文を書く必要があるのだそうです。
二人が、ぼくのスライドショウを見ている所。

030721-8.jpgMaaikeは、この日が誕生日で、前日までポーリンの両親が来ていたので、これは三回目の5歳の誕生日パーティだそうです。

030721-9.jpgでもなんどやってもうれしいのでしょう。

またたくまに日が過ぎ、帰りになりました。
今夜1時過ぎに、ここリモネットを出て、フランス国境を越え、ニース空港に向かいます。
早朝6時のフライトでアムステルダムへ。
アムステルダムまでは、2時間なのですが、関空行きのフライトの待ち時間が6時間。
計算して残してあった『鬼平犯科帳』の9巻10巻を読んでいるうちに、日本に着くはずです。
では、
高田直樹

7月20日チェコのブルーノに到着

2003年7月20日 チェコのブルーノに到着

久しぶりのヨーロッパのドライブで、3日目でチェコのブルーノに到着しました。 ブルーノは、ウィーンから国境を越えてくるのですが、大変近くウィーンからの距離は約100キロほどです。

030720-1.jpgリモネットを、午後の2時半に出て、トリノに寄り少しショッピングをして、食事をしていたら、トリノ発は、夜の9時半 夕暮れでした。

030720-2.jpgドロミテの大岸壁が、月光に白く浮かんでいるのを左手に見ながら、ひた走り、オーストリア国境を、朝の4時半に越えました。 こちらのハイウェイも、基本的には、日本と変わりません。 ところどころに、サービスエリア・ガスステーションがあります。

030720-3.jpg日本と違う所は、売店に酒がうってあることです。バーカウンターがあって、若い女性がビールを飲んでいたりします。

030720-4.jpg料金所も、日本と変わりません。

030720-5.jpgインスブルックを越えたあたりで、ようやくハイウェイホテルを示すベッドマークを発見。 こちらにはハイウェイ用の立派なホテルがあって、24時間営業をしています。 チェックインしたのは、朝の7時でした。 フロントのおねえさんにチェックアウトタイムを聞くと、「明日の昼まで。よく休めるように一番静かな部屋にします」といいました。

030720-6.jpg起きたのは、午後の4時。出発は、夕方の6時になりました。 道の走行車線は、金曜日の夕方とあって、キャンピングカーの大行列。 追い越し車線を、平均速度130kmで走り、快調にウィーンに着くはずだったのに、突如渋滞に巻き込まれました。 約30キロの渋滞です。事故があったようです。

030720-7.jpg渋滞を抜けるのに3時間もかかり、9時にレストランに入りました。 ウィーン近くのハイウェイホテルに入ったのは、夜中の2時になりました。

030720-8.jpgゆっくり寝て、午後出発。ここから目的地のブルーノまでは、200kmほどです。 ウィーン市街を抜けて、ドナウ川を渡ったのは2時。 チェコ国境の手前のレストランで、昼食。ビーフのカルパッチョとスパゲッティとワイン。

030720-9.jpgチェコの国境はすぐでした。いろいろ調べられたりもするのだそうですが、パスポートのチェックだけで問題なく通過。

030720-10.jpg無事パベルの新宅に到着。 パベルが、夕食にとっておきと出して来たワインは、1991年ものだったのですが、パベルがテイストして、「これは駄目」と言ったように、駄目でした。

030720-11.jpgそこで、やっぱりビールにしようとパベルはいい、「ナオキ用だよ」と持って来たビールは、 こんな素敵なラベルのものでした。

030720-12.jpgそして、......。 ブラジャーとパンティを爪ではぎ取ると、なんとヘアーヌードで陰毛ありあり。 ビールの味は、バリバリのチェコビールで最高。 これで、土産は決まりです。 ではまた。

7月14日ピエモンテワイン

2003年7月14日 ピエモンテワイン

 当地ピエモンテは、日本にはピエモンテワインで知られているようです。
 それで、ぼくもインターネットで勉強したのですが、どうもあんまりハッキリしないのですが...。書いている人がハッキリさせたくないのかどうか。
 まずバローロ。ピエモンテワインの高級銘柄として有名。つぎにバルバレスコ。これらはいづれもDOCやDOCGといった、国家の産地認定を受けたワインです。
 バローロを称するには、3年以上の熟成を必要とし、バルバレスコは、2年と定められているそうです。 バローロもバルバレスコも、ネッビオーロと呼ばれる葡萄の品種から作られます。 このバローロ及びバルバレスコ、ともに小さな村の名前です。この近辺には、ネッビオーロ種の葡萄を作る村がいくつもある。だから、バローロは必ずしもバ ローロ村産の葡萄から作られたとは考えられない、とぼくは思っています。
 こっちで聞いた話では、「近辺のワインは、3年過ぎたらみんなバローロだよ」という話もあります。 亀岡産の牛肉も、「一晩寝たら神戸牛」と似た話ではありますし、宇治の問屋から出荷したら、九州茶も宇治茶というのもある。最近は問題になったようですが...。
 いずれにしろ、ここから1〜2時間でゆける村々の葡萄畑に生育するネッビオーロと呼ばれる品種の葡萄が、バローロなりバルバレスコを作るということです。こちらでも、安くて13から15ユーロはします。 ぼくはあまり飲まないワインです。
 一方、「4年もしたら味が落ちる。まあ3年が限度」というピエモンテワインがあります。 これぞ、ドルチェットワインです。ドルチェット種から作られるワインで、軽くてさわやか肉にも魚にも合い、そして安いのです。大体3から6ユーロ。地の 人はみんなこれを飲んでいます。 僕が好きなのは、ドルチェット・ダルバ(Dolcetto d’Alba DOC)。バルベラ・ダルバもいいです。
 イタリア語でdiとかdaとかいうのは、〜のという意味だそうで、だからドルチェットダルバは、アルバ村のドルチェットから作ったワインで、産地はDOCの保証です、という意味のようです。   
 500円ほどで本当に美味しいワインが飲めるのは、うれしい限りです。

030714-1.jpgこれは、いつか買ってきてそのままに棚ざらしになっているドルチェット・ディ・ドリアーニ。2000と書いてありますから、もう飲まないと限度のようです。

030714-2.jpgここに来てすぐ、リモーネの万屋(よろずや)さんで、手書きのラベルを貼ったドルチェット・ダルバを見つけました。 3.8ユーロです。ラベルの文字はまさに手書きで、コピー機でコピーした紙が貼ってあり、その紙の切断線がジギジギしているのが、なんともいえません。 味はなかなかでした。

030714-3.jpg先日クーネオのスーパーのワイン売り場をぶらついていて、 えらく安いワインを見つけました。1.78ユーロです。よく売れているようで、最後の一本でした。

030714-4.jpg1.78 X 130 = 231.4。 230円とは何という安さ。 急いで手にしたのですが、「いや、値段と一緒に写真に撮っておこう」と思い、ばっちりカメラに納めたのです。

その日の夕刻。例の230円ワインを飲もうとしたのですが、どこにもありません。 よく考えてみたら、あの時、写真を撮るために棚に戻してそのままにしたのでした。 次ぎに行った時、もう補充されたのかたくさんありました。 早速買って帰り、飲んでみました。悪くない。他の500円ワインとグラスを二つ並べて飲み比べ。うむむ。やっぱり違いはありました。でも250円ほどの 差を評価して、またこれを買う気にはなりませんでした。まあ料理用にでもするか。
15日に、ノタリー(Notary 公証人)のサロルディ氏の所に八つ橋のお土産を持って行きました。 ノタリ−(公証人)というのは、あらゆる不動産売買を取り仕切る国家認定の人です。 サロルディ氏に夕食に招待されました。クーネオで最高のレストランだそうです。今年の一月に来た時に、高見牧場の神戸牛をお土産にしたのですが、「あの お肉は最高だった」と大感激で、そのお礼の招待のようでした。 8時40分のクーネオ・スパークリングワインから始まった食事は、最後のコニャックで12時でした。いやすごかった。撮った写真は沢山ありますが、この 詳細はまた後にします。
明日(17日)に、ここを出て、のんびりチェコ・リパブリックのブルーノを目指します。 パベルは、アムステルダムから戻ったようです。こんなメールが来ました。
Hi, we have returned to Brno from Amsterdam. Did you get the road directions ? We are waiting for your arrival this saturday July 19.
Greetings pavel

それで、今日こうメールしました。
Dear Pavel&Pauline, We will start tomorrow(7/17) here, because Tomo wants to drop into Turin for some shopping. I will approach to Bruno slowly by choosing suitable Hotel on the way, and contact to you near Bruno by Mobile Phone that I have gotten recently. I can get into your house on 19 or 20. Which is better? I shall decide after calling you from a Hotel near Bruno. Mobile Number: xxx xxx xxxx I am looking forwards to see you soon.
Best wishes,
Naoki

030714-5.jpgここからブルーノまでは、クーネオ==>ミラノ==>ベローナ==>インスブルック==>ストラスブルグ==>ウィーンと来て、そしてチェコに入りま す。総距離1300km。

国でいうと、イタリアからドイツ(インスブルック)、ドイツからオーストリア(ウィーン)と移動する訳で、たいした移動ではありません。 パベルは、
Driving from Limone to Brno is about same distance as to Amsterdam – about 1300 km. All easy highway road and you should be able to drive in one day.

と書いてきましたが、ゆっくり行って途中のハプニングを楽しむつもりです。

030714-6.jpg左下の赤線でかこった所がクーネオ、右上がブルーノです。

030714-7.jpg使う車は、フィアットのワンボックスカー、KANGOO1.5DCIです。ニースで借りた時は、走行距離890kmのほとんど新車でした。まだ当たりも 付いてないらしく、吹き上がりも重たかったのですが、大分ましになってきました。 今回のチェコ往復で、本調子になるでしょう。 では、今回はこれにて。

7月12日雨上がりの散歩

2003年7月12日 雨上がりの散歩

ここリモネットに着いて10日が経ちました。 今日は初めて雨の日です。これまでに夕方に夕立ちのようなシャワーが2・3度ありましたが...。 アルプスの山ひだの狭間にあるこの村では、雨の日は薄暗く、日中でも電気を付けたくなります。
10日経っても、東洋人には会いません。これまでに、来た時も同じ状況でした。 ぼくたちは、けっこう珍しい東洋人ということのようです。その分親切にしてもらえるのかもしれません。 日本人か中国人かどちらか分からず、「どこから来たの?」と訪ねられる場合がありますが、日本人と分かると「やはり日本人」という感じの反応です。

030712-1.jpg今日は雨降りで、することもなく、「鬼平犯科帳」とインターネットで落とした電子ブック『刺客群像』を読んで過ごしました。 夕方雨も上がったので、リモーネまで出かけることにしました。 前の街道に出ると、老夫婦が家に入ろうとしています。散歩からの帰りのようでした。
リモーネの町には、夕方のそぞろ歩きの、じいさんばあさんが溢れていました。 ぼくなどは、若い方です。いやほんとの話、ほとんどが70台から80台ばかりなのです。90をこえていると思われる人もたまには居ります。 そうしたお年寄りの2/3がグループのおばあさん。残りは夫婦、あるいはひとり。おじいさんあるいはおばあさんが、ただ一人で、よぼつきながら歩を進め ているのを見るのは、おれもいずれああなるという気がして、少し辛い気もして、カメラを向けられません。

030712-2.jpg以前定宿にしていたホテル・エクセルシオールです。かつてのモナコ王子の別荘を改築したものと聞きます。 来年の1月には、大学山岳部の連中とここに泊まってスキーをする予定。

030712-3.jpgリモーネの町には、わんちゃんを連れた人が多い。 半時間に見た犬の数は、20匹をこえました。 半分近くがノーリードです。しかしノーリードの犬は、勝手に動くので、いい写真が撮れません。

030712-4.jpgスーパーマーケットの戸口に待たされていて、他の客が来て戸を開けると一緒に入ろうとしては、その度ごとに、その客に叱られているわんちゃんがいまし た。耳が「困った。中はどうなってんの」といっています。

030712-5.jpgリモーネの町のそこここには、こんなゴミ箱のような箱が置いてあります。 近寄って良く見ると、DOG WCと書いてあり、その下に便器に座っている犬のイラストがありました。 もちろん、わんちゃんがこの箱に座る訳ではありません。

030712-6.jpgいつも行くリモーネのお肉屋さんです。

030712-7.jpgお肉屋さんのすぐ上手に、花付きのズッキーニを売ってるお店がありました。 これは、雌花ですから珍しい。 ズッキーニはカボチャの仲間ですから雄花・雌花があって、雄花はよく売られています。

030712-8.jpgこれは先日、スーパーで「ズッキーニの花」として売ってあるのを、買って帰ったものです。
インターネットで調べると、料理に珍重されるそうです。ミンチ肉をタマネギといため、チーズを絡めたものをこの花に詰め、蒸し物とする...等とありま したが、スープに入れることにしました。 充分美味しい。

030712-9.jpgこのお店には、花付きズッキーニと一緒に、バジルがありました。 スーパーには無いものをそろえているようです。

030712-10.jpgバジルを、トミーノ・トマトにあしらったアペタイザ−は、こんなことになりました。
もう食い物の話は、終わったはずだったのに、また食い物になりました。 まあ、フランス料理発祥の地といわれるピエモンテ州にいるのだから、しゃあないというべきでしょうか。

7月10日イタめし

2003年7月10日 イタめし

 このページへの書き込みコメントに、 「加えて美味しそうな食べ物の写真があればもっとうれしいんだけれど」 というのがありました。それで、くいもんの話など。
 イタリアの食い物は、「イタめし」です。でも日本の「イタめし」のように、油っこくありません。 日本で、毎日「イタめし」を食べていたら、病気になる。 この辺りは、フランスに近い所為でしょうか、盛りつけ方もそうだし、出す順番を詳しく聞いてくる所などは、フランスを思わせます。
 でも、日本料理が最高と信じるぼくとしては、それはそれだけのこと。 ただ、食材はいいものが安い。主に野菜を買って来て食べています。もちろん脂っ気はないけれど、柔らかくて風味の十分にあるお肉も買ってきますけれど...。

030710-1.jpg買い物は、近くのリモーネで。車で15分。山越えで歩いてゆくと、2時間〜4時間。 リモーネのセンター、教会前の広場はいつも人が群れています。

030710-2.jpg教会の裏手にあるリモーネのお肉屋さんは、最高の肉を置いています。 特にプロシュート・クルード(生ハム)は、絶品でこんな味は、日本のイタめし屋ではもちろん、 この辺りのレストランでも、ありません。

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030710-4.jpgプロシュートは、100〜200グラムを切ってもらって持ち帰り、メロンと一緒に食べます。 これは、おいしい。毎夕食のアペタイザーです。

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030710-6.jpgこの地方には、トミノ(Tomino)というモッツァレーラみたいで、でももっと柔らかくて、もっとおいしい特産のチーズがあります。まるでお豆腐です。 リモーネのスーバーのものが一番おいしい。まあ、嵯峨豆腐か「とようけ屋」の豆腐か、というところでしょうか。 トマトスライスに載せて食べますが、そのままでもいけます。

030710-7.jpgここでは、野菜が、大変に豊富です。 買い込む時には、クーネオ(Cuneo)の町まで出かけます。車で30分。 クーネオは、ゆったりとした、いい町です。 南方には、フランス国境の2000m級の山々が連なっています。毎火曜日には、市庁舎広場で蚤の市が開かれます。

030710-8.jpgこの町のいい所は、どんなに混んでいても、なんとか無料のパーキングを見つけられるということです。 横断歩道に信号はありませんが、車が必ず止まってくれます。

030710-9.jpgここにはスーパーは何軒もありますが、コープスーパーが一番巨大で、食料品だけではなく何でも置いてあります。 巨大な野菜があります。これはティッシュペーパーよりも大きなパプリカです。 味は充分に美味しい。

030710-10.jpg茄子も巨大で、まあ加茂茄子という所でしょうか。とても柔らかく甘い。

030710-11.jpg丁度、黒部スイカのような紡錘形の巨大なスイカがありました。半分に割ったものが300円。ほうれん草も、安くてとてもおいしいです。おひたしにして、 たらふく食べています。 野菜は、日本の1/2〜1/3の安さです。

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030710-13.jpgコープスーパーには、こんな網のおりがあって、中にはブランコや滑り台が置いてあり、なかで幼児が遊んでいまし た。担当の保母さんが付いているようです。

7月7日リモネット暮らし(3)

2003年7月7日 リモネット暮し(3)
030707-1.jpgリモネットは、イタリアからフランスのニースやモナコに向かうルートからほんの少し脇道にそ れたどんずまりの山村で、高度は1300メートル。リモネットのゲレンデの途中から見下ろす とこんな感じです。

030707-2.jpgリモネットの教会の鐘の音は、ディングドンとかギンゴンガンとかの、教会的な音ではなくて、 まるで柱時計のような音がします。 各時間の数だけ鳴って、おまけに各時半では一つ鳴ります。 だからまるで、部屋の中に柱時計が掛かっている感じ。まあ便利といえば便利で。

030707-3.jpg下のリモーネ・ピエモンテの町までは、日に5・6回のバスの便があります。20分ほどの距離で す。

030707-4.jpg毎日、上ばっかりを向いていたから、今日は下を向いてリモーネ・ピエモンテの町まで歩いて下 ることにしました。 バス停を過ぎ、このアパートの管理人のジャン・ピエールとマリア・テレーズ夫妻のやっている 宿とレストランの前を通ります。

030707-5.jpg少し自動車道を歩いてから、谷川に向かって山道を下ります。山道といってもところどころには ベンチなども置いてある遊歩道です。 谷を渡った所で、遊歩道と別れて谷ぞいのルートに入ると、もう完全な山道。渓流の感じは黒部源流の沢という感じになります。

030707-6.jpgしばらく下った所で、山手方向に向かう急登の踏み跡を喘ぎ登ると、急に前が開け牧場に出まし た。すぐ前には、リモネット対岸下手に見える夏村がありました。

030707-7.jpg背後彼方には、リモーネ・ピエモンテスキー場の山々。

030707-8.jpg遥か下には、ヘアピンカーブの続く自動車道が望めました。

 急な下りの道が延々と続き、自動車なら、10〜15分の距離なのに、歩きではなんと2時間もかか ってしまい、なかなかいい運動になりました。 リモーネの町は、とんでもない人出で、老若男女がひしめいていました。 何事かとこれまで定宿にしていた、ホテル・エクセルシオールのマネージャーのベッペさんに聞 いたら、マウンテンバイクの競技会があり、この町がスタート地だったのだそうです。

7月6日リモネット暮らし(2)

2003年7月6日

 こちらは毎日いいお天気が続いています。 今日は、日曜日なので、そばの教会の鐘が鳴り響き、11時に起こされてしまいました。 昨夜、突如マックのmailが、異常を来しメールがとれなくなり、おいどんに電話連絡したりの大騒ぎで、ようやく復旧して寝たのは4時半でした。
 夏の服装を持って来たのは、間違いで秋仕度をしてくるべきでした。リモーネよりも高度がある所為か、カーディガンか薄手のセーターが欲しくなる日々で す。日の暮れるは遅く、9時半くらいなので、3時か4時頃から毎日散歩に出かけています。
030706-1.jpg 昨日は、裏山の山道を辿ることにしました。 リモネットが見下ろせました。中央左の細高い建物の一階がぼくがいる所です。 右隅に教会の塔が見えています。

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いい加減に歩いていたら、途中で方角を誤り、リモネットのゲレンデを目指していたのに、山の上に出てしまいました。

030706-4.jpg山の上からは、リモーネのゲレンデが見えました。

030706-5.jpg下ってくると、リモネットの村はずれでは、キャンピングカーの人たちが、食事をしていて、手を振っていました。 今日は日曜日なので、バイクの音がしきりです。 直樹

7月5日リモネット暮らし(1)

2003年7月5日
 リモネットについて、2日が過ぎました。 初日は、クーネオに買い物に出かけ、一日が過ぎました。
 この辺りは、夏のハイシーズンに入っており、リモーネの町は、じじばばで溢れかえっています。 お肉屋さんに寄り、プロシュートを買い求めましたが、やはり最高の味でした。
030705-1.jpg 夜は寒く、暖炉に火を入れました。2時には寝て、朝は10時頃に起きました。「鬼平犯科帳」は、既に4冊目に入り、やはり全巻持ってくるべきだったと悔やんでいます。

030705-2.jpg 今日は、少し小雨がぱらつく中を、雨も上がりそうなので、ハイキングに出かけました。 ここリモネットの標高は1300m。ゲレンデへの道を、放牧の牛の群のカウベルの音を聞きながら45分ほど登ると、ゲレンデにつきます。1500mですから、200mの登りです。

030705-3.jpg ここのレストランが、昨日からオープンしており、お茶を飲んで帰って来ました。 ゲレンデを見張らす屋外の椅子でカプチーノを飲んでいると、まるで室堂平にいる心地で、なかなかいい気分でした。帰りに、途中のホテルの前にいた犬が、後になり先になりしてついてきました。約1キロほどの距離をです。全く無関心無愛想なのですが、何とはなしについて来たのです。
 帰り着いて、昨夜食べた骨付きの肉の骨を与えると、この時初めて尾を振りました。 何度かこういった経験をしているのでしょうか? ではまた。

7月4日「イタリア暮らし」の始まり

 7/1日本発。ニースで一泊した後、昨日(7/2)ここリモネットに着きました。 リモネットは、ピエモンテ州の避暑とスキーのリゾートで有名なリモーネ・ピエモンテからさらにフランス国境の山手に15分ほど登った山村です。
limonetto.jpg
 最近モナコのロイヤルファミリーがここの土地を買ったとかで、知られるようになったそうですが、有名F1レーサー・シューマッハの別荘があることも知られてはいませんでした。 日本でも、ワインの通がピエモンテワインの優逸を知っているのみのようです。 2006の冬季オリンピックは、トリノで行われるので、その時は当地も会場となり、日本にも一気に知られるようになると思われます。

 フランス国境までが5分のこの地からは、ニース、モナコ、モンテカルロなどは2時間足らずの距離で、言葉はフランス語訛りのイタリア語で、リモーネ訛りといわれています。 管理人のおばさんが経営するレストランには、グレースケリーもよく来たそうで、息子の王子とおばさんが一緒に写っている写真が掲けてあります。

 ここでは、昼はハイキング、夜は持って来た自家製のコピーDVDの映画鑑賞と読書(主に『鬼平犯科帳』)で過ごす予定です。 昨日、到着と同時に旧友のパベルから誘いのメールが来ました。彼は、中学生の時から住み慣れた亡命先のアムステルダムを離れ、生まれ故郷のチェコに戻ったばかりです。 ぼくと知り合ったのは、もう15年も前で、バンコックに英語の勉強に留学している時で、彼はロッテルダム大学の院生でした。 その後、KLMで社長秘書を長年務めてから、abm-amro銀行の副頭取にヘッドハンティングされて数年経ったのですが、今回そこを止めて、チェコでリサイクル会社をやることになったようです。

 彼のメールには。 All easy highway road and you should be able to drive in one day. Let us know if you could make it – I would love to show you our new house, new surrounding, new work, new motorcycle, new rabbit, new baby, new car Skoda, new friends, new garden, new forest, new city and all this. と書いてあるのですが、彼の住むブルーノという町は、プラハの南東にあり、ここからだと、トリノーミラノーウィーンと走って、約1300キロあり、アムステルダムからスイスまで、スイスからプラハまでと平気で走った昔だったら平気の距離ですが、いまはやっぱり2日見ておいた方がいいと考えています。

 19日以後が都合がいいそうなので、帰国する前の訪問を予定しています。 では、また。