No.1「オジンのスキーツァー出発」

 今年のヨーロッパは、例年になく多量の積雪に恵まれているそうです。 大学山岳部時代の山仲間を誘って、リモーネ・ピエモンテにやってきました。
 1月の9日に関西空港を飛び立ちました。 大学山岳部で同級の角倉との年来の約束のイタリアスキーツァーの始まりです。 一行のオジンたちは、角倉光彦、三年下の関田和雄、さらに3年下の井川裕と三牧建一。それに紅一点の野尻智子、この人はぼくの教え子。高校の時からぼくの傍らで、ソフト開発を見ながら成長したので、僕が考えているコーディングを瞬時に理解できるという特技を持っています。BMW650を乗りこなし、スキーもきわめて達者で、リモネットの山荘のオーナーです。
 このアパートメントは、昨年夏の整備にも関わらず、一行の受け入れにはいまだ不十分なので、我々は当地随一のホテル、エクセルシオールに投宿することにしました。
 エクセルシオールは、もとモナコ王子の別荘だった建物だそうです。DSC00014_1.jpg

 モナコ王国から車で二時間の距離にあるこの辺りには、グレース・ケリーもよく来たそうです。リモネットのアパートの管理をやってくれているマリア・テレーザがやっているレストランの壁には、この店でのレニア王子のスナップショットが壁にかかっています。

 飛行機はいつもの通りKLM。昨年良く乗ったので、マイレージのポイントがたまっており、シルバー会員の資格があるため、ドアサイドで足の延ばせるいい席がオンラインで指定できてしあわせ。
 ほとんど眠り続けてアムステルダム着。 アムステルダムでは、5時間ほどの時間待ちがあります。 荷物をロッカーに入れて、いつもの様に街に出ることにしました。タクシーでローキンのムンク塔の下まで行き、創業200年近い老舗の喫煙店舗ハニエス(ただしマック版IEではうまく動きません)で、葉巻きを買います。ユーロ圏が出来てから、イタリアは外国ではなくなり、空港の免税店の葉巻きが買えなくなったのです。

 小雨そぼ降る中を、ダム広場まで歩き、行きつけのタイ料理屋でトムヤムクンとタイカレー各種でご飯を食べます。いつもの様に機内食でおかしくなっていた胃が、すーっとしてくるから不思議です。 KLMのトリノ便は、夜の9時発。昔乗ったプロペラのフレンドシップ機を思い出させるようなひどくちっちゃなジェット機でした。

 トリノ空港構内のAVISでレンタカーを借ります。同乗者に3名を登録したら、いつもと違ってフルインシュアランスにしてはどうかとすすめられました。全てを網羅した保険にしたらとオネエさんはいいます。 いつもの様にインターネットのディスカウントサイトから申し込んでいるのですが、いつものEuropcarではなくAvisにしたところが、違いました。 150ユーロの追加は大きいと思いましたが、初心者が運転することだし、安心料として支払うことにしました。

 高速道路に乗って1時間ほど走った所で、突然濃霧に包まれました。ともが急にスピードを落とし、先に行ってくれと合図します。霧が出たら大苦手だからそこからはぼくが先に走ると云う申し合せになっていました。 この辺りは常に霧が出ます。この霧が美味しいワイングレープを育てるのだそうですが。 霧の走行は前の車に付いて走るのが秘訣です。ただ車間距離をぎりぎりテールランプが見える距離を保って出来るだけ大きく取る必要がある。 ほとんど真ん前の白線しか見えないくらいの霧の中で、130キロくらいのスピードで前車はすっ飛ぶのでこちらもそれだけ出さねばならない。だから充分な車間距離を取っていないと、よく起こるような50台玉突き衝突というような事態となります。

 高速道路をFOSSANOインターチェンジで下り、クーネオが近付いてきます。
 CENTALLIOの村への分岐点を過ぎる辺りから、雪が現れました。このCENTALLIOは、先頃来た時に家内が千太郎と名付けたので、ぼく達はそう呼んでいるのです。正しくは、チェンターリオと読むのが正しい。「せんたろう」などというのは、ぼくには思いもかけない読み方だったので、おもしろがって言っていたら、とうとう千太郎となった訳です。
  クーネオからどんどん路傍の雪壁が増える中を山間のワインディングロードを30分走り、ホテル・エクセルシオールには、夜中の12時半くらいに着きました。

 日本を飛び立ってからすでに34時間以上が経っているのですが、誰も寝ようとはしません。 関西空港で買った、上等のウイスキーやアムステルダムのスーパーで買ったワインを酌み交わし、空港で買い込んだサーモンやチーズを肴に、みんなで乾杯し談笑していると、すぐに夜明けが近付いたのでした。

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